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6-11 京極からの誘い 1

last update Terakhir Diperbarui: 2025-04-06 08:02:35

「京極……?」

琢磨はその名前を聞き、眉を潜めた。

(まさか……朱莉さんの犬を引き取り、一緒に食事をしてきたと言うあの男か?)

チラリと朱莉を見ると、困ったようにスマホを見つめている。

「朱莉さん、出なくていいのかい?」

「え? で、でも……」

朱莉は琢磨を見ると目を伏せた。京極との仲を疑われたくない朱莉。琢磨の前で出られるはずもなかった。

「ああ、ひょっとすると俺に何か遠慮してるのかな? だったらいいよ。席を外すから」

朱莉の気持ちに気付いた琢磨は立ち上がった。

「あ、あの……九条さん!」

「ほら、朱莉さん。未だに電話が鳴っているから出てあげた方がいいよ。俺はキッチンに行ってるから」

琢磨がキッチンに行くと、朱莉は戸惑いながらも電話に出た。

「はい、もしもし……」

『ああ、朱莉さん。やっと出てくれた。あまりにも遅いから何かあったのではと心配してしまいました』

「すみません。手元にスマホを置いていなかったので……」

咄嗟に嘘をつく朱莉。

『いえ、別にそれは構いませんよ。ところで朱莉さん。明日は何か予定はありますか?』

「え? 明日ですか…?」

琢磨に何処かへ出掛けようと誘われはしたが、特に明日とは何も言われていなかったので朱莉は答えた。

「いえ、特に予定はありません」

『それなら良かった。実は取引先から映画の試写会のチケットを2枚貰っているんですよ。良ければ明日一緒に観に行きませんか? 公開前の映画なのでゆったり観ることが出来ますよ。ジャンルは恋愛映画なのですが……映画はお好きですか?』

「映画は好きですけどなかなか観に行く機会が無くて……」

正直に答えると、嬉しそうな声が聞こえてきた。

『そうなんですね? 良かった。それでは是非一緒に観に行きましょうよ。試写会は午後4時からなんです。その後、何処かで食事をして帰りませんか?』

「い、いえ。私は映画だけで……」

朱莉はキッチンの様子を伺った。あまり長く京極と話をしていては完全に琢磨に自分と京極の仲を疑われてしまう。

『朱莉さん? どうかしましたか? ひょっとして今誰かと一緒なんですか?』

「え?」

勘の妙に鋭い京極に思わず朱莉はドキリとした。しかし、京極はそれ以上追及することは無かった。

『それでは映画の後、どうするかは明日改めて決めましょう。では午後3時にドッグランでお待ちしていますね』

京極は明るい声で告げると
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    「私は京極さんに対して何の感情も持っていませんから。契約書に浮気はしないようにとありましたが、相手に好意を持っていることは無いので、浮気には当たりません。もし、翔さんに報告する時はそのことをしっかり伝えていただけませんか?」「あ、ああ……。そのことか。大丈夫、別に俺は翔には何も報告するつもりは無いから」琢磨は気落ちしながら返事をした。(そうだよな……朱莉さんの好きな相手は翔なんだから……)「そうですか、それなら良かったです。それで明日は京極さんに試写会に誘われて、一緒に出掛けることになりました」朱莉の話に九条は驚いて顔を上げた。「え……? 朱莉さん。何故俺にその話を?」「それは、私と京極さんの間にはやましいことは何も無いと言うことを九条さんに知っておいてほしいからです」「それは……俺が翔の秘書だからかい?」「え、ええ……。勿論そうですけど?」朱莉は何故そこで琢磨が悲し気な顔を見せるのか理解出来なかった。そこであることに気が付いた。「あ、あの……もしかすると明日、熱帯魚の餌やりの後に何処かへ出掛ける予定を、もう組んでいたのですか?」「い、いや。そんなことは無いよ」琢磨は無意識のうちにスマホの画面を朱莉から隠した。本当は朱莉の電話の最中、明日何処へ出掛ければ良いかネットで検索をしていたのだった。そこで新緑が美しい景色を観ることが出来るドライブコースを検索していたのだが……。(明日は……無理ってことだな……)琢磨は心の中で溜息をついた。「大丈夫だ、朱莉さん。俺は翔に何も話すつもりは無いから。それより明日どんな内容の映画だったか、後で教えて貰えるかな? 実は俺の趣味は映画観賞なんだ」朱莉を不安に思わせない為に琢磨は笑顔を見せた。「はい、分かりました。それでは明後日の餌やりの時にお話しさせていただきますね。だから……鍵は……」私が預かりますよと朱莉は言うつもりだったが、先に琢磨が言った。「餌やりは毎日俺がここへ来るから、その時朱莉さんも来てくれるといいよ。それじゃ明日は朱莉さんが予定入ってしまったけど明後日ならいいかな? 俺と何処かへ出掛けよう。あ、ついでに『ネイビー』も連れて行こう」「え? ネイビーもですか?」朱莉は首を傾げた。「うん。自然の中で思い切り遊ぶネイビーの姿を見て見たく無いか?」「自然の中で……?」朱莉はその

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   6-11 京極からの誘い 1

    「京極……?」琢磨はその名前を聞き、眉を潜めた。(まさか……朱莉さんの犬を引き取り、一緒に食事をしてきたと言うあの男か?)チラリと朱莉を見ると、困ったようにスマホを見つめている。「朱莉さん、出なくていいのかい?」「え? で、でも……」朱莉は琢磨を見ると目を伏せた。京極との仲を疑われたくない朱莉。琢磨の前で出られるはずもなかった。「ああ、ひょっとすると俺に何か遠慮してるのかな? だったらいいよ。席を外すから」朱莉の気持ちに気付いた琢磨は立ち上がった。「あ、あの……九条さん!」「ほら、朱莉さん。未だに電話が鳴っているから出てあげた方がいいよ。俺はキッチンに行ってるから」琢磨がキッチンに行くと、朱莉は戸惑いながらも電話に出た。「はい、もしもし……」『ああ、朱莉さん。やっと出てくれた。あまりにも遅いから何かあったのではと心配してしまいました』「すみません。手元にスマホを置いていなかったので……」咄嗟に嘘をつく朱莉。『いえ、別にそれは構いませんよ。ところで朱莉さん。明日は何か予定はありますか?』「え? 明日ですか…?」琢磨に何処かへ出掛けようと誘われはしたが、特に明日とは何も言われていなかったので朱莉は答えた。「いえ、特に予定はありません」『それなら良かった。実は取引先から映画の試写会のチケットを2枚貰っているんですよ。良ければ明日一緒に観に行きませんか? 公開前の映画なのでゆったり観ることが出来ますよ。ジャンルは恋愛映画なのですが……映画はお好きですか?』「映画は好きですけどなかなか観に行く機会が無くて……」正直に答えると、嬉しそうな声が聞こえてきた。『そうなんですね? 良かった。それでは是非一緒に観に行きましょうよ。試写会は午後4時からなんです。その後、何処かで食事をして帰りませんか?』「い、いえ。私は映画だけで……」朱莉はキッチンの様子を伺った。あまり長く京極と話をしていては完全に琢磨に自分と京極の仲を疑われてしまう。『朱莉さん? どうかしましたか? ひょっとして今誰かと一緒なんですか?』「え?」勘の妙に鋭い京極に思わず朱莉はドキリとした。しかし、京極はそれ以上追及することは無かった。『それでは映画の後、どうするかは明日改めて決めましょう。では午後3時にドッグランでお待ちしていますね』京極は明るい声で告げると

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   6-10 熱帯魚が生んだ偶然 2

    「こんにちは、九条さん。九条さんも何か翔さんに頼まれごとをされたのですか?」「え? 俺もって……ひょっとすると朱莉さん……。あ、立ち話もなんだから上がりなよ。って言っても俺の家じゃないんだけどな」琢磨は笑みを浮かべると、部屋の中へ朱莉を招き入れた。「おじゃまします。何だか変な感じですね。家主さんがいないのに」朱莉がクスリと笑みを浮かべるのを琢磨は見逃さなかった。(よかった……。思っていた以上に大丈夫そうで)リビングに行くと、朱莉はすぐに大きな水槽に気が付いた。「あ、これが明日香さんの言っていた熱帯魚……」「え? 朱莉さん。その熱帯魚のこと知っていたのかい?」朱莉の為に冷蔵庫から缶コーヒーを出して持ってきた琢磨が尋ねた。「はい、明日香さんからメッセージが届いたんです。今翔さんと沖縄に旅行に行ってるそうですね」その時の朱莉の表情は少し寂しげだった。「あ、ああ……。そうなんだよ、あの2人今は沖縄に行ってるんだよ。はい、缶だけどコーヒーどうぞ」琢磨は朱莉のテーブルの前に缶コーヒーを置いた。「有難うございます」朱莉はプルタブを開けて、一口飲んだ。「九条さんも翔さんと明日香さんが沖縄に行くこと知ってらしたんですね」朱莉は缶コーヒーを握りしめ、視線を落とす。「ああ……。俺も実は昨日翔から話を聞かされたばかりなんだよ。それで熱帯魚の餌やりを頼まれたんだ」琢磨の言葉に朱莉は顔を上げた。「え? そうなんですか? 実は私は先ほど明日香さんからメッセージをいただいたんですよ。今沖縄に来ているから代わりに熱帯魚の餌やりをして貰いたいって」「何だって?」琢磨の眉がピクリと動く。(まさか、明日香ちゃんめ。熱帯魚の餌やりをわざと朱莉さんに頼んだな? そうに決まっている。わざと自分達は沖縄旅行に行く事を知らせる為に……!)琢磨の中で改めて明日香に対する苛立ちが募った。「あの……どうかしましたか? 九条さん」怪訝そうに首を傾げる朱莉に琢磨は慌てた。「い、いや。何でも無い。朱莉さんも熱帯魚の餌やりを頼まれたんだな? でも今日は俺が餌やりをしたからもう大丈夫だよ」「そうですね。では九条さん。私に鍵を貸してください。明日から私が熱帯魚の餌やりをしますので」朱莉が手を伸ばしてきた。「え?」琢磨は朱莉をじっと見た。何故か分からないが……思った以上に

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   6-9 熱帯魚が生んだ偶然 1

     PCにずっと目を通していた琢磨は正午を告げる音で我に返った。「あ、まずい! 行かないと!」貴重品をクラッチバッグに入れ、車のキーを持つと慌ててマンションを飛び出して行った――**** 同時刻――教習所の抗議と実習が終わり、朱莉はスマホの電源を入れると1件の新着メッセージが届いていた。その着信相手を見て朱莉は驚いた。「え……? 明日香さん!?」明日香からのメッセージは朱莉にとっては嫌な予感しかない。おまけにメッセージにはファイルも添付されている。朱莉は深呼吸をして心を落ち着かせるとメッセージを開き……その表情に悲しみの色が宿った。『朱莉さん、私と翔は今沖縄に着いた所よ。ゴールデンウィーク中はずっとこっちにいるからあの自宅にはいないからね。あ、そうそう。悪いけど、私達が不在の間熱帯魚に餌やりをしておいてくれるかしら?鍵はコンシェルジュに預かって貰っているから、受け取って置いて。5月4日に戻って来るからよろしくね。お土産買ってきてあげるわよ。何がいいかしら? 特に希望が無いならこっちで選んで買って来るわ。それじゃあね』添付ファイルには明日香と翔が美しい海を背景に、トロピカルジュースを楽し気に飲んでいる写真が添えてあった。(翔先輩が……明日香さんと2人で沖縄旅行へ……何故翔先輩は沖縄旅行へ行くことを教えてくれなかったのかな? 気を遣って? それとも私が一緒に行きたいと言い出すと思ったから……?)「そんなこと言うはず無いのに……だって私は2人の仲に入って行くつもりなんか全然無いのに……むしろ……」むしろ、後から話を聞かされる方が余程傷付く。それなら初めから何も言わずに行って帰って来てくれた方がマシだと朱莉は思ってしまった。「でも明日香さんが熱帯魚を飼い始めていたなんて知らなかった。それじゃ急いで戻らないと」朱莉は早足で雑踏の中を歩き始めた—―****「え? 鍵はもう渡してあるのですか?」朱莉は億ションの女性コンシェルジュの話に戸惑いを隠せなかった。「ええ。そうです。先程鳴海翔様の第一秘書を名乗る『九条琢磨』様と言う方が鳴海様のお部屋の鍵を持って向かわれましたが?」「分かりました、どうもありがとうございました」朱莉は頭を下げるとフロントを後にし、エレベーターに乗り込んだ。(九条さんが何故翔先輩と明日香さんのお部屋にいるんだろう? で

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   6-8 それぞれの休暇 2

    —―同時刻 琢磨は食後のコーヒを飲みながらインターネットで検索をしていた。明日香と翔が沖縄旅行から戻ってくる前に、明日香が出産をする為に適した環境の地域を検索していたのだ。「医療設備も充実していて……温暖な気候……何処か良い地方都市は無いかな……」本来なら、明日香の為にこんな事をしてやる義理は琢磨には一切無い。今こうして検索してどこかの地方都市を探しているのは全ては朱莉の為であった。明日香のお腹が目立ってくる前に、2人をあの場所から離さなくてはならない。かといってそれぞれを全く別の土地に置くことも出来ない。いざという時の為に明日香の妊娠期間をどのように過ごしていたのかを朱莉が知っておく必要が出てくるかもしれないからだ。何せ、朱莉が出産したように世間を偽る必要があるからだ。「後は口が堅い病院を探さなければな……」偽証罪になってしまうのかもしれないが、明日香の出産記録を朱莉の記録に変えてもらわなければならないのだから、誰にも絶対に口外しない医者を探し出す必要がある。最悪、海外で明日香に出産させるという選択肢もあるが……出来れば日本で出産させたい。「ふう~」琢磨はパソコンの前で伸びをすると時計を見た。時刻は午前10時を過ぎた所である。恐らくもう翔と明日香は沖縄旅行へ出発しているはずだ。(朱莉さんは2人がゴールデンウィークの間、沖縄旅行へ行くことを知ってるのだろうか……?)琢磨は目をつぶると朱莉のことを思うのだった—―****「それじゃ、ネイビー。出掛けて来るからお利口にしていてね」朱莉はサークルの中に入っているネイビーの頭を撫で。朱莉は先月から教習所に通っていた。免許を取れば、1人で好きな場所へ行くことが出来る。それに母を乗せて買い物に連れて行ってあげることだって出来るのだ。「少しでも早く免許を取れるように頑張らなくちゃね」独り言を言いながらエレベーターに乗り込む朱莉。やがてエレベータは1階に止まり、エレベーターホールから降りると偶然京極に鉢合わせした。「「あ」」2人で同時に声を上げ……朱莉はすぐに頭を下げた。「こんにちは、京極さん」「こんにちは。朱莉さん。ああ……やはりこちらに残ってらしたんですね」「え? それはどういう意味でしょうか?」朱莉は顔を上げて京極を見た。「いえ。何でもありません。ところで朱莉さん。何処かへお

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